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(有)キィーワード・ 森組芝居公演 『マクベス上演−夢のつづき−』

 

浜田 晃CONCEPT

浜田 晃のプロフィール

浜田 晃の写真
浜田 晃マクベス上演−夢のつづき−公演稽古の写真
浜田 晃マクベス上演−夢のつづき−公演稽古の写真
浜田 晃マクベス上演−夢のつづき−公演稽古の写真
浜田 晃マクベス上演−夢のつづき−公演稽古の写真
  • 生年月日
      1941年10月28日
  • サイズ
      非公開
  • 出身
      神奈川県
  • 最終学歴
      非公開
  • 趣味
      乗馬、殺陣
  • 特技
      非公開
  • 免許
      非公開
  • 所属事務所
      1963年 文学座養成所第3期入所
      1967年 文学座劇団員
      1972年 退団
    現在、ALPHA AGENCY所属
  • その他 浜田晃 情報
    浜田晃 - Wikipedia

浜田 晃の「夢」とは

 「革製のグローブ」
 昭和8年、前年の7年には5・15事件東北の大凶作、富国強兵政策、全ての日本国民が巻き込まれていく、12年には日中戦争が始まり14年には第2次世界大戦開始16年12月8日太平洋戦争勃発とあの忌まわしい時代の前夜。 そんな時代に若い親父はどんな夢をみていたのか、30年前70歳で逝ってしまった親父にも夢はあったろう。その頃のことは何も語らなかったが。それを解く一つの手懸かりが、あの革製のグローブだ。 戦後男の子が空き地で遊ぶのは三角ベースの野球だ、私も手製のグローブ、ボールそして木を削ってつくったバットだった。友人の中に市販の布製グローブを得意げに使っていた子がいた。私も母親に新しいグローブを買って欲しいと強請った、 その時母は古い木箱から布に包まれた使い古された革製のグローブをさしだし「これはお父さんがつかってたものよ、大事に使うのよ」それを受け取った幼い私は親父の想いなど想像すらせず「古くさいな、ズックのグローブが欲しかったのに、 なんだか恥ずかしいな」と思ったものだが、小学生時代の私の愛用のものになり、油を塗ったりアンを詰め替えたりしたものだった。親父は平和な時代になるまであの木箱に封印したのか、親父も野球をやりたかったんだろう、 だが私とはキャチボールをしたことがない。ただあの時代生きるのに必死でそんな余裕などなかったのか、おそらく朝から晩まで働きづめだったのだから。それでもラジオて野球中継を聞きながらスコアブックを点けている親父の姿を思い出す。やはり自分も野球を・・・・。
 平成26年、我が息子は映画「アゲィン」の撮影で甲子園のグランドにたった、小、中高と野球部だった彼の興奮する姿、グランドを生き活きと動き回っていたそうだ。そうか、あの革製のグローブは夢に見た甲子園の想いだったのか、あの息子の姿は親父の夢のつづきを受け継いだのか、私を飛び越えて。


浜田 晃の主な出演作品など


  • 映画
1970年
「戦争と人間」山本隆夫監督
1977年
「八甲田山」森谷司郎監督
1979年
「復讐するは我にあり」今村昌平監督
1983年
「里見八犬伝」深作欣二監督
1989年
「その男、凶暴につき」北野武監督
1907年
「ミッドナイトイーグル」成島出監督
1909年
「レイン・フォール 雨の牙」マックス・マニア監督
  • テレビ
1985年
「澪つくし」(NHK)
1996年〜`00年
「棟居刑事」シリーズ(ANB)
1998年
「愛、ときどき嘘」(NTV)
2001年
「たのしい幼稚園」(TBS)、
2002年
「真珠婦人」(CX)
2006年
「富豪刑事デラックス」(ANB)
2006年
「たったひとつの恋」(NTV)
2012年
「ビューティフルレイン」(CX)
  • 舞台
2001年
「剣客商売」中畑八郎演出 梅田コマ劇場
2005年
「ハオト」小野寺丈演出 本多劇場

バナースペース

マクベス上演 −夢のつづき−

TEL  070-6470-3070